第九のピッチ

テノール 篠原啓一

いつも深みのあるうんちく話で練習場を「へー」と沸かせる前原先生ですが、時間がたっぷりとれる合宿では、一層話が弾みます。箱根合宿の2日目、11 月4日朝の話題は、オーケストラのピッチでした。演奏会では最初にオーボエが基準の音を吹き、それにコンサートマスターが合わせ、さらに全員が合わせていくチューニングという作業があります。実は基準となる音の高さが、オーケストラによって、時代によって違うというのです。
現在は一般的にA(ラ)の音を440ヘルツと決めており、楽器屋さんでは、鉄棒をU字型にした音叉と呼ばれる道具が売られています(最近は簡便な電子機器が出ている)。時報の「ポ、ポ、ポ、ポーン」という音もラの音で、最初の低い3つの音が220ヘルツ、最後の高い音がオクターブ上の440ヘルツのラです。
このラの音が、時代とともにだんだん高くなってきているのです。バロック時代には415ヘルツだったのが、今は440ヘルツが普通になり、演奏者によってはもっと高く、450ヘルツぐらいに合わせることもあるそうです。
前原先生によると、音が高くなってきた一番大きな理由は、高くすることで音に張りが出て輝きを増すからで、20世紀を代表するカラヤンなども高かったということです。レコードやカセットテープを聞いていた少し昔は、音程の違いは再生機の違いによることがよくありましたが、演奏そのものの音程にも違いが あったわけですね。
輝きも結構ですが、私など第九のテノールの最高音であるラの音が歌える限界なので、ピッチが少しでも高くなると声が出なくなってしまいます。ピッチの変更は、楽器は楽でしょうが合唱団にとっては大問題ですね。
さてそこで、私は合宿から帰って、さっそく、手元にあるCDとMDで第九の演奏のピッチを片っ端から調べてみました。その結果は下の表の通りです。現代 のオーケストラの多くは442ヘルツで、カラヤンは450ヘルツで確かに高い。古楽器オケを指揮したヘレヴェッヘは432ヘルツでかなり低く、小川典子のピアノ版はピアノの調律が440ヘルツで変えなかったのでしょう。ちなみに多摩管弦楽団と共演した2003年の第九は440ヘルツでした。さて今年は何ヘルツでしょうか。

指揮者 オーケストラ 録音年 ピッチ 備考
ウィルヘルム・フルトヴェングラー バイロイト祝祭管弦楽団 1955 440 伝説の名演
ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィル 1977 450 レコード時代の定盤
レナード・バーンスタイン バイエルン放送交響楽団など 1989 442 ベルリンの壁崩壊記念
堤俊作 東京シティ・フィル> 1990 442 歌詞が日本語
レイモンド・レッパード ロイヤル・フィルハーモニック 90年代 442 廉価版
ゲルハルド・サミュエル シンシナティ・フィル 1991 442 マーラー補編曲
フィリッピ・ヘレヴェッヘ シャンゼリゼ管弦楽団 1998 432 古楽器使用
. ピアノ版)小川典子 1998 440 ピアノと合唱
デービッド・ジンマン チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 1998 442 新べーレンライター版
サイモン・ラトル ウィーン・フィル 2000 440 人気のライブ録音
エンシェント・コンソート・プラハ 2000 445 弦楽四重奏と合唱
小沢征爾 斎藤記念オーケストラ 2002 442 記念演奏会
高橋俊之 多摩管弦楽団 2003 440 多摩第九の会

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