バス 藤森 英二
音楽に素人の自分が「第九」に挑戦するという厚顔無恥さに、友人は「やめろ」という。しかし、そう言われると何としてもやってみたくなるヘソ曲りの性格。いざ入会して歌ってみると、まるで無防備でエベレストへ登るみたい。先生からは「もっと口を開けて」といわれても、普段大声を上げることの少ない自分にとっては難行苦行。
それでも家に帰って洗面所の鏡の前で
「ダイネーツァベル ビンデンビーデル」と口をパクパク動かしてみる。
「これが俺の顔か!」あまりの悲惨な顔にしばし意気消沈、声も出ない。
後ろを振り向くと家内がニヤリ。
「ギャッ!」
その家内いわく「ホッペタにおだんごを作るのよ。唇を意識的に上げると、左右の頬がまんまるになるでしょう。そうして口を開けると声の通りが良くなるみたい」
だれの受け売りか知らないが、試しにやってみると、なるほどニコヤカ、まろやかな顔に。これに平田先生がよく言われる『うれしいビックリ』を意識すれば声がスムーズに出る。
「よし、これでいこう」
しかし待てよ、音程は狂いっぱなし、歌詞も十分にマスターしているわけではない。『第九をうたう会』は成人式(20年)を過ぎているのに、自分はまだ小学生並み。先輩の足を引っ張らないように、先生の教えを必死に守って、少しでも上達しなくてはと気を引き締める。
本番まで、“ほほだん(頬だんご)”の日は続く。
(2011.7 修正加筆)